火星座ゼロが生んだ鬼滅の刃の作風と煉獄杏寿郎のキャラ

西洋占星術

鬼滅の刃の吾峠呼世晴氏(以下、ワニ氏)の生まれのホロスコープをみると、火地風水の4つのエレメントの中では、火がほとんどありません。 火が0%、地が64%、風が20%、水が16%です(独自に算出しました)

まあ鬼滅の刃の作風を見てみると、火っぽい要素がほとんど無いんですよね。

火は、人の性格や気質に当てはめると、陽・活動的・楽天的・男性的なエレメントです。夢や情熱を持ち、思考は常に未来へと向かい、過去を振り返ったり細かいことには拘りません。明るさや人をやる気にさせるパワーがあり、周りの人を明るくさせたり元気にさせる力を持っています。それが逆にうるさいとか鬱陶しいと感じたり、周りのことを置いてけぼりにしてしまうこともあります。やる気の源は「自分がやりたいと思ったから」「前に進みたい」「もっと上を目指したい」みたいな感じです。

鬼滅の刃の作者のワニ氏は、このような火の性質を全く持っていません。 火というと、明るかったり、人を元気に、やる気にさせたりする性質を持つので、少年漫画を描く上では不可欠な要素です。火がないと、生み出す作品自体が陰気になったり、惹きつけられる強いインパクトをもたらせなくなります。 作者のホロスコープは、その人自身以外にも、生み出した作品にも強く影響を与えます。自身が火の要素を持っていないとなると、自分の人生に火のような燃え上がり、灯りをともすような価値観をほとんど持たないということになります。

実際、漫画での鬼滅の刃を見てみると、善逸や伊之助が出てくる前の最初の3巻辺りまでは、作品全体のムードは暗めなんですよね。人物や台詞回しの細かなセンスは光るものがありますが、元気になる作品かというとちょっと違う感じがあります。 そうなると、作品の登場人物の中で「火」の情熱や明るさを体現するようなキャラクターが出ると、とても印象に残るのかもな…と思いました。「火」らしいキャラクターといえば、僕が真っ先に思い浮かぶのは煉獄杏寿郎です。

火らしからぬ作品に対して、この作品では熱血と情熱と根性と熱さを持つキャラが結構目立ってるというか、かなり存在感を持っているなと思います。 煉獄さんもそうですけど、伊之助とか、猗窩座とか。火の要素の少ない作品ですが、この3人は劇場版で大活躍します(猗窩座は熱い戦闘狂のようでいて、実際は全くそんな人ではなかったりするのだけど…)

火の元素を持たないワニ氏が、「火」を体現するような人物を描くのは、本来ならかなり難しいことです。自分では知らない火を描こうとすると、不自然な感じになります。 実際、火の情熱という視点で見ると、煉獄さんも伊之助も、「熱いキャラ」としてはかなり描き方が不自然な感じがします(良い意味で)

煉獄さんは、初登場でのビジュアルからして、目力と髪型から存在感が半端ないですし、「うまい!うまい!」とか、「どこ見て喋ってるんですか!」とか、台詞の一つ一つが熱さとか情熱とかを表現するには過剰すぎないかと思いますし、 伊之助も、野生の猪の皮を被って野生児を表現したり、「猪突猛進!」が口癖だったりして、本能のままに行動する性格としては、めっちゃ振り切ってる描き方してるなと感じます。

そんな少し過剰なくらいに熱さを描くのも、作者であるワニ氏の火のエレメントがゼロであることが影響しているかなと思っています。 そのエレメントがゼロだったり、限りなく少ないと、そのエレメントの要素を獲得しようとして、人とは違うちょっと過剰なくらいにそのエレメントっぽさを演出しようとする傾向があります。ワニ先生は、火を元々持っていないから、火の熱さや火らしさというものを持っていません。

だからこそ、それを作品とかで表そうとすると、ちょっと現実とは外れた感じで火っぽさを表現するようになります。 そうなると、火を持っている人よりも、より極端に、よりドラマチックにその火を表現することができるようになる。ちょっと不自然で過剰な方が、作品としては映えるし目立ちますからね。ワニ氏は、火がゼロであることをうまく作品のキャラに落とし込んだと思います。

今上映している劇場版の「無限列車編」は、火っぽく見える煉獄・伊之助・猗窩座が活躍するという意味では、鬼滅全編を通しても珍しい部分です。原作でも、ここの展開はかなり熱かったですし、これを連載している辺りから鬼滅はどんどん知名度が上がってきたという話を聞きますし。 作者自身に欠けていた火をうまく表現した無限列車編辺りからは、作品自体の魅力がどんどん上がった気がしますね。

それから、もともと火を持ってないからこそ、火のもたらす理想のあり方を純粋に描き出せるという部分もあります。 煉獄さんは、振る舞いから「心を燃やせ」「胸をはって生きろ」まで、火のような、人の心に火をつける存在とはどのようなものかを、これでもかと見せつけてくれるんですよね。

例えば、ドラゴンボールの悟空は火っぽい人ではあるけど、全ての人が「この人についていきたい!」と思うにはフリーダムすぎると思います。普通なら、火の性質を持っていれば、火の悪いところも少しは出てきます。

煉獄さんにはそういう火の自分勝手で勝手にどっか行ってしまうような部分がほとんど無くて、誰もがついていきたい、心に火をつけるような要素を持っている。火がほとんどないからこそ、火としての理想を純粋に描き出していると言うか。 思いやりや使命を全うする心があってこその情熱だというのが、作者の考える火の熱さのような気がします。
ついでに言うと、同じく火っぽいのは伊之助は、野生児で「猪突猛進」で、火というにはあまりにもふりきりすぎていると言うか。「ここまでしないと熱いキャラ作れないのかよ!」とも思うけど、それだけにとても深みのあるキャラだと思います。

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